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武田修宏「ホテルオークラ37階で1年間生活」でも37階あった? 

テレビ難組みでバブリーな時代を回想



元サッカー日本代表武田修宏さんが現役時代、ホテルオークラ37階で一年間、ホテル生活をしていたとテレビ番組でコメント。当時はJリーグ創設期で人気も絶頂。スター選手となれば、それくらい華やかな生活もできるのかも。でもちょっと待って。ホテルオークラ東京には37階などありません。いったいどういうこと?

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かつての年収は1億円以上



武田修宏さんといえば、ヴェルディ川崎と日本代表で活躍したストライカー。Jリーグが創設された1990年代初めは、まだバブル経済の余韻が残っており、人気のJリーガーも華やかな生活をおくっていたのでしょう。

当時の武田さんの年収は1億円以上あったとか。金銭感覚も麻痺し、豪遊していたそう。そしてホテルオークラのスイートルームで1年間生活。朝、昼の食事はルームサービス。夕食は鉄板焼きだったと回想していたのですが・・・。問題はどこのホテルオークラなのか、ということ。ヴェルディ川崎の本拠地に近い都内なら、ホテルオークラ東京が思い浮かびますが、別館でも16階建て。記憶違いにしても、37階とは大きな差があります。

ジュビロ磐田本拠地の隣、浜松にもオークラ



ひょっとして、都内のホテルオークラではないのでは?

武田さんは選手生活の後半、ヴェルディ川崎から他クラブへの移籍を繰り返すように。そのうち、ホテルオークラのチェーンがあるのが、1996年に所属したジュビロ磐田。武田さんの故郷でもある、お隣の浜松市の45階建て高層ビル「アクトタワー」内に、オークラアクトシティホテル浜松が入居。このホテルは32階から44階まで客室になっており、「37階でホテル暮らし」というコメントとも一致します。

地方都市の「浜松」というと、あまり華やかなイメージがしないため、番組ではっきりいわなかったのか。武田さんのジュビロ磐田時代というと、本職のストライカーではなくサイドバックでの起用が多く、どちらかというと影の部分かもしれません。しかも1996年になると、もはやバブル経済の余韻も残っていなかったはず。もっとも、武田さんが当時も高年収だったことには間違いなのでしょうけど。

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